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みなさんこんにちは。ナビゲートのソウダです。
スポーツをしている人からこんな声をよく聞きます。 「練習や試合後にいつも決まって腰が痛くなる」 「太ももの裏がいつも張る」 「ストレッチをしても良くならない」 そして、多くの人が”痛みがある場所”=“悪い場所”と考えています。 ですが、身体はもっと複雑で巧妙に設計されています。 結論から言うと、痛む場所は”壊れている場所(原因)”ではなく、”頑張りすぎている場所(理由)”であることがほとんどです。 筋肉や関節は驚くほど献身的で、本来別の場所が担うべき仕事を「しょうがないなあ、私がやりますよ」と肩代わりをしてくれます。 ですが、そんな状況が続いてしまってはいつしか破綻が起きてしまいます。 ■痛みは“壊れたサイン”ではなく“助けて”のサイン ですが、突如として破綻するわけではありません。多くの場合、身体は壊れる前に「硬さを感じる」「張り感を覚える」「時たま痛む」というようにメッセージをくれます。しかし、そのサインと向き合うことなくいつもと同じパターンで生活・運動を続けて酷使してしまうと、大きな痛みとしてアラートが爆音で鳴り続けてしまいます。人によっては、一度これが起こった後の生活を”爆弾を抱えている”と表現する人もいます。 さて、痛みの本質は「限界まで頑張っている場所」がどこかにある。ということですので、痛む場所を揉んでも叩いても改善しないのは当然だとお分かりいただけたと思います。痛い場所=悪い場所ではないということですね。 ■“働きすぎている筋”の代表例 たとえば、アスリートに多いこのケース。 ◯ 腰痛 →本来は股関節や臀筋が吸収すべき力を、腰が過剰に受け止めてしまっている。 ◯ ハムストリングスの張り →本来は股関節の内旋・外旋の筋が調整すべきところを、ハムが無理して支えている。 ◯ 膝の痛み →足首の硬さや股関節の機能不全を、膝が代わりに補っている。 ■「痛いところをケアしても治らない」のは当然 繰り返しの話になりますが、よくある誤解として痛い場所をストレッチすれば良くなるということは半分正しくて、半分はまったくの間違いです。 それは、痛い場所を伸ばしたりほぐしたりしても、それはあくまで働きすぎた筋の一時休憩にすぎません。厳しく言えば、一時的に誤魔化して凌いでいるだけというところでしょうか。 本当に必要なのは、働いていない場所(本来働くべき場所)を動けるようにすること。 これが身体の根本的な回復です。 ■ Navigate/早田の身体観:痛みは入口である 私は、痛みを「戦う相手」としてみることはありません。むしろ、身体が本来の働きを取り戻すための入り口と考えています。 例えば、腰が痛い!となったとき どのあたりに痛むか、どんな動作で痛むか、いつ痛むか、表層か深層か、痛みの広がりは一点集中か拡散か、痛みの質は重だるいのか刺さるのか電気が走るのか、痛む予兆はあるのかないのか、痛む瞬間の感覚は抜ける感じなのか引っ掛かりなのか噛み合わない感じなのか、、などなど、身体の構造と機能と感覚の情報を知るために多くの質問を投げかけます。 私はこうした情報の断片を一つひとつ拾い集めていきます。痛みとは敵ではなく、身体発している「ここをみてほしい!」というサインです。そのサインを正確に読み取るためには質問は時に繊細に、時に大胆に積み重ね、立体的なものとして立ち上げていきます。 (余談ですが、この時に痛みと長く向き合ってきた方は自分の痛みのパターンを細かく教えていただけることが多くあり、そうなると処方箋としてのエクササイズや日常での注意の仕方などが精度高くお伝えすることができます。) ですので、長く痛みと付き合ってきた人ほど、快方のチャンスは大きく広がっていきます。 ■最後に:痛みを嫌いにならなくていい 当然、痛いのは困ります。大事な試合で最高のパフォーマンスを発揮できないことはとても悔しいことです。ですが、今の痛みがあなたのポテンシャルという扉を盛大に開けてくれるかもしれないということもまた事実です。”痛い”があると人間の複雑な機構によってどこかの、なんらかの、わずかな、能力発揮の抑制がきいてしまいます。 それが連鎖的に増幅して、今のパフォーマンスとして頭打ちになってしまう可能性が非常に多いです。これ以上動かしたら痛みがきて危険だから、このくらいの出力にとどめよう。そうやって人の身体はセーブさせられているのです。私がアスリートをみるときに興奮するのは、この蓋をガバッと開いた時、目が輝き、心が踊り、練習に意欲と情熱が再び灯る瞬間に立ち会えることです。 |
Author Wataru Soda Archives
1月 2026
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